PROLOGUEプロローグ

梅の花が盛りを過ぎて、ぽつぽつと膨らんできた桜の蕾が目立つ頃。陽射しに暖かさを感じ始めた春の入り口で、南泉一文字は相変わらず炬燵の虜になっていた。

「猫殺しくん、そろそろ炬燵を片付けたらどうかな」
「えぇ~、まだいいだろにゃぁ……」

南泉一文字の部屋には真ん中にででん、と潜り込んでも余裕があるくらいに大きな炬燵が鎮座している。部屋に炬燵を設置するものはそれなりにいるが、晴れた日が続く最近になっては炬燵の布団を干して片付ける刀たちが多くなってきていた。
だが南泉はまだまだ炬燵を片付ける気配はなく、このままでは桜の盛りになっても炬燵に潜り込んでいそうだ。梅の花でも見に行かないかと南泉の部屋を訪ねてみれば、ぷうぷうと寝息を立てて炬燵で寝ていた、ということも珍しくはない。
山姥切長義としては、己の部屋にはない南泉の部屋の炬燵で一緒にぬくぬくするのは別に嫌ではなかったし、冬の寒い時期に炬燵の中でこっそり触れ合うのも嫌いではない。が、それはそれとして寒がりな南泉を誘うのを暖かくなるまで我慢していたというのに、これではいつまでたってもどこにも行けやしないではないか。なんせ任務や内番以外ではたいてい炬燵の中にいるのだ、この寒がりな刀は。
折角の非番なのに、また昼寝とゴロゴロで一日が終わってしまう。それが嫌なわけではないけど、たまには一緒に出掛けたい。せめてなんとか炬燵から出して慣らしていかなければ、いつまでたってもこのままだ。
そう思い、山姥切は最近一緒に嗜んでいなかった酒を餌に南泉を釣ってみることにした。

「じゃあ今夜晩酌でもどうかな。君の好きな酒を用意してやるから、炬燵から出て久しぶりに酒を飲み交わそうよ」

そう伝えると、炬燵の上に顎を乗せてとろとろと微睡んでいた南泉がむにゃむにゃとしながら目を開く。だが炬燵の布団をぽすぽすと叩いて、また目を閉じてしまった。

「別に晩酌なら炬燵に入ったまんまでもできんだろぉ? ここでやろうぜぇ~」

南泉はとにかく炬燵から出たくないらしい。山姥切の誘いすら断る様子に、山姥切は不満げに言葉を投げた。こちらは誘うのだって随分我慢してきたと言うのに。

「……全く、わからないかな。いつまで炬燵に潜っているつもりだ、いい加減外に出てこいと言っているんだよ」
「出る必要がねぇんだったら出たくねぇし、一緒にここにいりゃいいじゃねえか。理由としてなら酒だけじゃ足りねぇかにゃ~」
「……この俺より炬燵を優先するとはね……」
「……ふーん?」

すると南泉はさっきまで眠そうにしていたくせに、何度も誘う山姥切に気をよくしたのかニヤニヤとわざとらしい間延び声を出している。
大抵の場合、南泉は山姥切との用事はできる限り優先してくれる。どうでもいい用事や、誰かと交代できることなら山姥切のために時間を空けてくれるのだ。それをわかっていた山姥切だからこそ、炬燵なんぞに負けたのが相当堪えたらしい。そしてその様子を見て南泉はニマニマと笑っているのだ。
この丸くなっている猫にまんまとからかわれてやる気はないし、こうなったら山姥切としても意地が出てきた。何がなんでも引きずり出してやる。

「だったらアテを作ってやるから厨までは来なよ。火を使えばそんなに寒くないだろ? 好きな酒まで用意してあげるんだからさっさと頷いたらどうかな」

山姥切が仁王立ちでそう言うと、南泉が別にいいけどよぉ、とあっさり頷いたかと思うとこてりと首を傾げながらこう言った。

「お前、オレの好きな酒って何か知ってんのかあ?」
「は? そんなの……、……」

さらりと投げ掛けられた疑問に答えようと山姥切は口を開くが、なんとそこでピタリと止まってしまった。頭の中で思い付くものは多々あるもののこれが好き、というものが絞り込めず、宴会や晩酌でもその時の料理にあわせて酒をいつも選んでいていたから、感想はだいたい全部「美味い」で、南泉の一番好きな酒といえば具体的なものは何かわからなかった。
冷や汗を流しつつ言葉を止めてあれじゃない、これじゃないと山姥切が考えていると、勝ち誇ったような顔の南泉が目に入り普通にイラッとする。

「やっぱりにゃ~、そんな気はしたぜ。まあ? オレはお前の好きなやつ知ってるけどにゃあ、顔に出やすいし? んで酒用意するったって、一体何を用意すんだあ?
「この猫殺しめ……!」

なんたる屈辱か。南泉の一番好きな酒がわからないのも悔しいのは確かだが、これだけの敗北感を味わっておいて引き下がる山姥切長義ではない。

「……いいだろう。君の好きな酒を当ててやる。間違ってなければ、その態度を改めて大人しく炬燵から出てくるんだな」
「へーえ? 楽しみにしてるにゃん」

南泉のニヤニヤした挑発的な笑顔に、負けじと山姥切は不敵な笑みを浮かべた。この戦い、負けるわけにはいかない。
士気も高く南泉の部屋を出た山姥切は端末を取り出した。とにかく情報収集だ、山姥切以外の刀たちと飲んでいるときの様子を聞けば何かわかるかもしれない。他の刀にも聞き込みをしよう。

「必ず当ててやる、待っていろ猫殺しくん!」

プロローグSS:梅茶漬け様(@koume_okome

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